虎に美酒。
虎を飼っている。
いつもは檻の中。
虎のことを、虎と名付けたことに特に意味はない。
それ以上でも以下でもないのだから。
扉は決して、鍵では開かない。
たまに開くことがあったとしたら、偶然であり必然だ。
大体の可能性を持って、
自動ドアのように開くとしたら、
それは美酒を持ってきた時に限る。
虎は悠然とした足取りで、檻から出てくる。
警戒をおよぼす黄色とダンディな黒色は、
ほんのりと赤みを帯びる。
獲物を狩る時間だ。
虎自身が本能のままに後ろ脚に力を込め、
風よりも速く駈けていく。
獲物の事情など考える必要があるだろうか。
否。
食物連鎖の運命に足を委ねたに過ぎない。
甘美な匂いと、のどを唸らす美しき酒。
飲めば飲むほどに、逆立つ体毛は風になびく。
いざ、前足をもって近づき、きらりと光る牙。
獲物はそっと眼を閉じる。
食うと食われるの純粋な関係の遂行。
しかし、お酒は赤みを帯びさせるだけ、
獰猛な本能を加速するだけではない。
ありとあらゆる筋肉でさえ、ゆるゆると緩める。
ひと思いに嚙み千切ればいいものを。
ただ、獲物の薄い皮を撫でるだけ。
ちらっと眼を開けた獲物は、こう思うに違いない。
あなたはなぜ一瞬で息の根を止めてくれないの?
虎は、自らに向けられたその瞳に逆らうことはできない。
事実はどうあがいても、事実なのだから。
おずおずと千鳥足で去る。
今日も狩りに失敗した。
睡魔にねころがる刹那、明日は美酒に負けまいと決意する。
それもまた夢と一緒に消えてしまうというのに。
虎に美酒。
酔うては事をし損ずる。
飼い慣らせるものだろうか。